エッセイ

顔学とは

原島 博(東京大学名誉教授 日本顔学会会長) 2012年5月1日

究極の化粧法は相手とのいい関係

私の専門はコミュニケーション工学ですが、あるとき人の顔にも関心を持って、コンピュータによる顔画像処理の研究を続けてきました。その経験から、いま私が痛感していることは、「顔は変わる、変えられる」ということです。

例えば、平均顔という技術を用いて、特定の職業の方の顔写真の平均をとると、いかにもその職業らしい顔が合成されます。銀行員の平均顔は銀行員らしい顔になります。銀行員は新人のときは、まだ学生の顔が残っていたはずです。それが数年経つと、みな無意識のうちに銀行員の顔になります。まさに、銀行という職場の環境が、そして本人の気の持ち方が、顔を変えたのです。

このように「顔は変わる、変えられる」とすれば、顔に対する考え方も変わってきます。「いい顔」について考えることに意味が出てきます。そのような顔に自分を変えたいという目標になるからです。

それでは、いい顔とは何でしょうか。難しい質問ですが、逆ははっきりしています。例えば、交番に貼ってある「指名手配犯人の顔」。誰が見ても悪い顔です。なぜでしょうか。答えは簡単です。この人は悪い人だと思って見るから悪い顔に見えるのです。

考えてみたら、私たちは顔を客観的に見ることはできません。必ずその人に対するイメージを重ね焼きにしてしまいます。よく顔は第一印象が大切だといわれますが、それは次に会ったときに、どうしても第一印象を重ね焼きにして顔を見てしまうからです。

30年ぶりのクラス会でも同じことが起こります。受付で久しぶりに見る昔の同級生の顔はすっかり変わっています。当然です。でも不思議なことに、30分その同級生と話していると、昔と同じ顔が目の前に現れてきます。30分の間に友人の顔が実際に変わったはずはありません。30分話しているうちに、相手の子どものときの顔を思い出して、それを重ね合わせて顔を見るからです。

このように顔を見るときにイメージが重ね焼きされるとすれば、相手にどのようなイメージを持たれているかが大切になってきます。イメージが良ければいい顔に見られるし、悪ければ悪い顔に見られます。

私は、「顔は見る人と見られる人の関係の中にある」という立場をとっています。私は、人と話しているときに、相手がいい顔に見え出したら、相手もまた私をいい顔に見てくれていると思うようにしています。なぜなら、相手の顔が良く見えるということは、相手との間で「いい関係」ができたからです。そうであれば、相手も私の顔を良く見ているはずです。化粧も同じかもしれません。「相手といい関係を作ること」。それが、相手にいい印象を与える究極の化粧法であると、私は思っています。

日本顔学会とは

誰もが関心のある「顔」を学際的に研究することを目的として、1995年3月に「日本顔学会」が発足しました。会員数は、現在約800名。会員の専門分野は、哲学をはじめ人類学、心理学、生理学、美術解剖学、化粧学、矯正歯科、医学、犯罪捜査、社会学、コンピュータ科学、そして伝統芸能…などなど、実に様々です。女性会員の比率も約半数。これは学術団体としては珍しいことでしょう。

学会ではさまざまな活動をおこなっています。学会誌KAOGAKUを発行し、会員の研究発表の場としての大会(フォーラム顔学・参加者約250名)を開催しています。また、トピックスを限定した講演会(イブニングセミナー・参加者約50〜100名)を数ヶ月に一回開いています。会員相互の情報交流を目的としたニューズレターも随時発行しています。

学会ホームページ http://www.jface.jp/