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エッセイ
皮膚の乾燥と保湿
田上 八朗(東北大学 名誉教授) 2012年5月1日
皮膚は内部の生体組織を柔らかく包み、どんな環境でも、なるべく一定状態に保てるように、その表面は表皮由来の薄いバリア膜である角層に包まれている。表皮細胞はゆっくりと無構造な薄い板状蛋白の塊の角層細胞へと分化し、それぞれが密着して積み重なり、ポリエチレン膜に似て柔らかな、厚さ10〜20ミクロンの角層を造りあげる。毎日、皮膚の表面からは古い角層細胞が垢として剥がれ落ちる一方、下から新たな角層細胞が補給され、一定の厚さを保ちつつ、生体組織の水分喪失と、環境からの毒物や微生物の侵入を防いでいる。
角層細胞同士の間はセラミドに富むユニークな角層細胞間脂質が緊密に埋めており、皮膚のバリアとして分子量500ダルトン以上の物質の透過は許さないので、皮膚を介する呼吸や栄養摂取などはありえない。しかし、外からの刺激やかぶれ反応、また毛穴からの皮脂分泌で増えた微生物の刺激によるふけ症(脂漏性[しろうせい]皮膚炎)で皮膚炎が起き病的状態になると、表皮の代謝は盛んとなり、バリア機能の悪い角層がずんずん造りだされ、表皮には乾燥した鱗屑[りんせつ]ができる。
角層のもう一つの大切な働きは保湿機能であり、皮膚表面を柔らかく滑らかに保っている。構成成分である脂質、アミノ酸、汗成分、皮脂由来のグリセリン、ヒアルロン酸等が水と結合することで、この保湿機能を発揮する。当然、病的な表皮で造られた角層はバリア機能だけではなく保湿機能に関わる成分も少ないため、硬くザラザラと乾燥し、こすると白いふけのような鱗屑がボロボロと剥がれ落ちてくる。
また、年を取ると表皮の代謝も低下し角層は剥離しにくくなり、秋から冬に向かう季節には、乾燥してザラザラした皮膚、ドライスキン(医学用語では「乾皮症[かんぴしょう]」と呼ばれている)となりやすい。皮脂の分泌が多い顔や頭はそうでもないが、背中や下半身の皮膚は細かいひび割れや鱗屑でカサカサになり、かゆみが起きてくる。特に、暖房した室内では外気より相対湿度がずっと低く、皮膚表面からは水分がどんどん奪われる。皮脂分泌が少ない子供も、湿度が高く、汗もでやすい夏はよいが、寒く乾燥しだすと白い斑状の乾皮症が顔や腕、背中にでき、俗にハタケと呼ばれる。
このような乾燥した角層に細かいひび割れができると、かゆみ閾値[いきち]※が低下し、かゆみを感じやすくなる。肉眼的には皮膚炎が見えなくとも、顕微鏡的なレベルで皮膚炎のあるアトピー性乾皮症も、一見するとカサカサした皮膚に過ぎないが、実際は代謝も盛んで、乾燥した病的角層に覆われ、かゆくなりやすい。こういう乾皮症の皮膚に保湿クリームを塗り、水分を補給して滑らかにすると、かゆみを感じにくくなるため、皮膚科医は薬剤を使わず、保湿剤によるスキンケアをおこなっている。
昔の日本家屋のように吹き抜けで、いろりに当たっていた寒い室内環境では、冬の湿度低下もさほどではないが、現代の気密性の高い家で暖房すると、若い人でも空気が乾燥する秋から冬にかけては日々の皮膚の手入れが必要である。実際、同一人の皮膚を夏と冬とにまったく同じ環境下で調べてみると、冬の皮膚は夏に比べ、バリア機能も保湿機能も低下している。さらに最近私達は、若者のアトピー性乾皮症に日本の化粧品研究者達が相談して造りあげた保湿クリームを毎日塗っていると、冬には保湿機能が改善するだけでなく、低下したバリア機能までも良くするということを見つけ、英国の皮膚科学雑誌に報告した。皮膚は年中、同じではない。乾燥しやすい秋から冬にかけては保湿を心がけ、その性状を良くすることが、大切である。
※「かゆみ」を発生させる最低の刺激量