エッセイ

美容と睡眠

小林 敏孝(足利工業大学 教授) 2013年2月14日

睡眠が十分とれている女性は美しいといわれる。特に肌の美しさや表情の輝きは睡眠と深い関係がある。我々が普段床に就くと、20~30分程すると睡眠が最も深くなり、この深い睡眠に関連して身体の成長に関わるホルモンが多量に分泌する。このホルモンを成長ホルモン(growthhormone: GH)とよび、その名前が示す通り、骨の成長、タンパク質の合成や組織の修復などに深く関わっている。「寝る子は育つ」という諺があるが、これは科学的にも証明されている。これは日本人によって発見され、日本が世界に誇る睡眠研究のひとつである。このGHが多量に分泌する深い睡眠であるが、40歳前後から徐々に減りはじめ加齢に伴って減少する。歳を重ねるとお肌の回復がままならないのは、この深い睡眠が少なくなり、GHの分泌量が低下するからである。さらに睡眠には、昼間一時的に脳に蓄えられた記憶を、夜の睡眠で整理統合して、大切な記憶として脳に固定する機能がある。記憶とか学習という認知機能は睡眠によって支えられている。このように、眠りはお肌の健康ばかりでなくこころの健康や知的生活をささえている大切な時間なのである。

この大切な睡眠がうまく取れない人が増えている。最近の統計によると、日本人の5人に1人は、自分の睡眠に何らかの不満を抱いていると言われている。そこで、我々は睡眠を改善する方法を研究してきたので、ここにその一端を紹介する。

寒い冬の夜などに、寝る前に布団を温めておくと、良く寝むれたという経験はだれもが持っている。これは冷えている手足を寝る前に暖めておくと手足の毛細血管が拡張し皮膚の温度が上昇して、寝付きがよくなるからである。そもそも、睡眠という生理現象は、脳の温度と密接に関係しており、脳温が上昇すると目が覚め、下降すると眠くなる機構によって調節されている。身体の中心部の温度を深部体温と呼ぶが、これが脳の温度を反映しており、深部体温が上昇すると脳が活発に活動し、逆に低下すると脳の活動は低下して睡眠が起こる。我々の脳は手足などの身体周辺部の毛細血管を拡張させて身体中心部に貯まっている熱を外部に放出させて深部体温を下げている。したがって、手足を温めて皮膚温を上げると深部体温が下降して睡眠が誘発されるのである。この手足から熱を放散して脳温を下げる過程を熱放散過程と呼び、これが睡眠を誘発させる必要条件でなのである。赤ちゃんが手足や顔が温かくなると、すやすやと寝てしまうのは、この熱放散過程が睡眠を誘発するからである。このように寝付きをよくするには、就床前に手足を暖めるなどして、この熱放散過程をいかに作るかにかかているのである。香やストレッチ運動、マッサージなどによる精神的なリラクザイションはこの熱放散過程を促進して、睡眠を誘発する効果がある。

そして、深い睡眠を増やすにはどうすればよいのであろうか。これも睡眠と体温の関係から答えをみつけることができる。深部体温は朝から夕方にかけて上昇し、夕方から夜間に下降する24時間周期の変動パターンを示す。これを体温の概日リズムという。睡眠を改善するには、この体温リズムの振れ幅を大きくすることが重要である。この体温リズムの振幅は加齢や鬱傾向になると低下し、睡眠が劣化する。睡眠の途中で目が覚めてしまったり、深い睡眠が少なくなる。これを改善するには、昼間と夜間の活動にメリハリを付けるような生活スタイルが睡眠の質を高めるのに有効である。昼間はいつもよりも少し忙しくしたり、体を少しでも動かすようにして、昼間はこころと身体の活動を高め、夜間は決まった時間帯に睡眠をとるようにすると、体温リズムの振幅が大きくなり、睡眠が改善される。

このように、睡眠は心と身体の健康にとって大切なものであり、心と体を美しく整えるのに欠くことのできないものである。